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横浜地方裁判所 昭和33年(タ)71号 判決 1960年3月14日

原告 日暮泰美

被告 検事正検察官 橋本乾三

主文

被告は、原告がアメリカ合衆国人亡ロバート・ジエイムス・ウオラストン(Robert James Wallaston)の子であることを認知せよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「主文第一項同旨。」の判決を求め、後に(昭和三四年一一月一〇日の第一〇回口頭弁論において。)、その請求の趣旨を「被告は、原告がロバート・ジエイムス・ウオラストンの認知した子であることを確認する。」との判決を求める旨に変更し、その各請求の原因として、

「(一) 原告の母訴外日暮栄子(日本国民)は、昭和二六年一月兄三沢通の紹介でアメリカ合衆国人である訴外ロバート・ジエイムスウオラストン(Robert James Wallaston)と知り合い、爾来交際した結果両人は恋愛関係に入り、同年三月十五日親類一同列席の上東京で結婚の内祝儀をあげ、静岡県駿東郡富士岡村に友人の家を借りてここに世帯をもち夫婦生活をするに至つた。

(二) ところが、夫りロバート・ウオラストンは米海軍の軍人であつたので、その婚姻には米海軍当局の許可を必要としたのであるが、当時米海軍軍人の日本婦人との婚姻は極めて制限されていたので、右夫婦は許可条件が緩和されるまで法律上の婚姻の正式の手続を見合せることとし、その時まではいわゆる内縁の夫婦関係を保つこととした。

(三) その後、間もなく妻の栄子はロバートの子を懐妊して、昭和二七年一月一日前記居住地で原告を分娩し、同年二月二三日栄子から富士岡村村長にその出生届がされ、同年三月一日栄子の戸籍に送付入籍され原告は出生によつて日本の国籍を取得した。

(四) その後、ウオラストン一家は神奈川県高座郡大和町下草柳一四六六番地に転住し、依然として事実上の夫婦親子の生活をつづけていたが、米海軍当局の前記婚姻に関する条件が緩和され、ウオラストンと栄子との婚姻について正式の許可があつたので、ここに両人は昭和三〇年八月九日やつと正式に婚姻した(同月二三日栄子の戸籍に送付。)。そこで、ロバート・ウオラストンは、早速栄子との間に生れた長男である原告の認知手続をとるため、アメリカ合衆国領事館に照会中、運悪く同年九月一五日神奈川県高座郡下鶴間三四三〇番地で自動車事故のため死亡した。

(五) よつて、原告は、自己がロバート・ジエイムス・ウオラストンの子であることの認知(訴変更の申述後は、自己がロバート・ジエムス・ウオラストンの認知した子であることの確認)を求めるため、この訴をする。」

と陳述し、

立証として、甲第一、二各号証、同第三号証の一乃至四、同第四号証、同第五号証の一乃至三、同第六号証の一、二及び同第七、八各号証を提出し、証人三沢通及び同斉藤ちようの各証言並びに原告法定代理人日暮栄子訊問の結果を援用した。

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の事実のうち原告が昭和二七年一月一日出生し母日暮栄子の子として入籍していることは認めるが、その他の事実は知らない。」と述べ、甲第五号証の一乃至三は知らないが、その余の甲号各証の成立を認めると答えた。

理由

一  先づ、原告の請求の趣旨の態容の変更による訴の変更の許否について案ずるに、人事訴訟法第三十二条第三項は親子関係事件のうち子の認知の無効の訴及びその取消の訴のみに婚姻事件及び養子縁組事件について第一審又は控訴審における弁論の終結に至るまで、訴もしくはその事由を変更することができる旨を積極的に明かにしている同法第八条(民事訴訟法第二百三十二条の特則)の規定を準用しているが、本件のような子の認知の訴にはこれを準用していない点にかんがみれば、本件における原告の訴の変更は不当であつて許されないものといわなければならない。

二  よつて、進んで、原告の本来の請求について案ずるに、

(一)  原告主張の請求の原因(一)の事実は、その方式及び趣旨により真正に成立した公文書と認められる甲第一号証(戸籍謄本)並びに証人三沢通の証言及び原告法定代理人日暮栄子の訊問の結果を綜合して、これを認めることができ、

(二)  同(二)の事実は、右一に認定した事実並びに右三沢証人の証言及び原告法定代理人訊問の結果を綜合し弁論の全趣旨に徴して、これを肯認することができ、

(三)  同(三)の事実は、前顕甲第一号証並びに右三沢証人及び証人斉藤ちようの各証言、原告法定代理人訊問の結果と当事者間に争のない「原告が昭和二七年一月一日出生し母日暮栄子の子として入籍している。」事実とを綜合して、これを認めることができ、

(四)  同(四)の事実は、前顕甲第一号証、いずれもその方式及び趣旨により真正に成立した外国の公文書と認められる同第二号証及び同第四号証、原告法定代這人訊問の結果によりいずれも成立の真正を認める同第三号証の一乃至四、同第五号証の一乃至三及び同第六号証の一、二並びに前顕三沢証人の証言及び原告法定代理人訊問の結果を綜合して、これを認めることができ、

(五)  右三沢証人の証言及び原告法定代理人の供述並びに右甲第三号証の一乃至四及び同第五号証の一、二を綜合して弁論の全趣旨に徴すると、「原告の母日暮栄子は少くとも本件婚姻中ロバート・ジエイムス・ウオラストン以外の男性と性的関係のなかつた。」ことを認めることができ、

(六)  以上の事実と原告本人訊問の結果及び方式趣旨により成立の真正を認める甲第六号証の一並びに当裁判所が成立の真正を認める同第七号証を綜合すれば、「原告は亡ロバート・ジエイムス・ウオラストンの子である。」ことが肯認でき、

以上の各認定を左右するに足る証拠はない。

三  日本国法例第十八条によれば、子の認知の要件はその父又は母に関しては認知の当時父又は母の属する国の法律によりてこれを定め、その子に関しては認知の当時子の属する国の法律によりてこれを定め、認知の効力は父又は母の本国法によることとなつているから、本件では、認知の要件は、日本国民である原告については日本国の民法によつて定められ、原告がその父であると主張するロバート・ジエイムス・ウオラストンについてはアメリカ会衆国の法律によるべきところ、同国は日本国法例第二十七条第三項にいうところの「地方に依り法律を異にする国」に該当するので右ウオラストンの出生地である同国ニユーヨーク州(この事実は、前顕甲第二号証により明かである。)の法律によつて定められるべきである。そして、職権調査の結果によると、ニユーヨーク州の該当法には子の認知についていわゆる反致の制度は認められず、子の強制認知は、(一)その母の懐妊中又は子の出生後二年以内にすることができる外、(二)その後と雖も、(イ)父が書面で自分の子であることを認めた場合又は(ロ)父がその子を扶養することによつて自分め子であることを認めてきた場合には、これをすることができることとなつているのであつて、本件の場合は、前認定の事実により、右(二)の(ロ)の場合にあたるものと解せられ、結局、原告はロバート・ジエイムス・ウオラストンの子として認知さるべきものといわなければならず、同時に、原告については日本国民法第七百八十七条が適用され、前認定の事実に徴すれば原告が右ウオラストンの子であることが認められるから、日本国人事訴訟手続法第三十二条第二項、第二条第三項を適用した上、被告は原告がアメリカ合衆国人亡ロバート・ジエイムス・ウオラストンの子であることを認知しなければならない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

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